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 人気重視のもう1つの問題点は、打ち切りとは逆の、「打ち切らせてくれない」エンドレス方針である。雑誌を代表する作品になると、たとえその作者が描きたいことは描き尽したとしても、連載続行を強要されるのである(図22)。

図22 ジャンプ特有の「人気マンガ“エンドレス”方針」
@ドラゴンボール


連載終了をにおわせる発言をしているが、この後数年間連載は続行された。
『ドラゴンボールP巻』(鳥山明)より

A北斗の拳


宿敵ラオウが死ぬことにより、一つの結末をむかえる(左)が、
次週では新展開となり、物語は続行される(右)。
『北斗の拳O巻』(武論尊・原哲夫)より

 『北斗の拳』は、ラオウが死んだところで終わっているんです。その後ももちろん僕が原作を書いていたんだけど、まるで覚えがない。あれは創作というより営業でしたね。〔武論尊、文藝春秋『マルコポーロ』1993年5月号;P62〕

 俺は今度こそ本当に止めさせてくれとお願いした。だけど駄目なんだ。後の話はガチャガチャになって、だから今でも、『ガキ大将』を読んでくれとは誰にも言えないんだよ。〔本宮ひろ志、同〕

 このように、『ジャンプ』ではマンガ家が描きたいことを描く、納得いったところで完結させるという、アーチスティックな考え方はほとんどできない。マンガ家は“売れる作品”をひたすら描かねばならない。『まじかる☆タルるートくん』を連載していた江川達也は、『ジャンプ』マンガの特徴をこう分析している。

 ジャンプの漫画は、作品というよりも商品という感じが色濃くでていると思います。専属契約によるガードの中で、商品価値の低いものは高いものにかえるような方法論にはめて描かされるわけで、悪く言えば管理教育と過保護の下で漫画化がロボット化し、作家性が弱くなっていく危険もありますしね。しかし私企業は利潤の追求が目的なので、売れる方法論をもつジャンプは素晴らしい勝利者であると思います。〔文藝春秋『マルコポーロ』1993年5月号;P63〕

 つまり『ジャンプ』では、マンガを“アート”として捉えるのではなく、“マーチャンダイズ”として捉えているのである。そのことが良いか悪いかは別として、こういう方法で“売れる雑誌”になったことは確かなのである。『ゴーマニズム宣言』(扶桑社)で有名な小林よしのりのように「極めて愚直な人間がジャンプでは成功するんじゃないかと思う」〔文藝春秋『マルコポーロ』1993年5月号;P63〕という、かなり厳しい批判もあるが、読者は知る由もない。好きなマンガはできるだけ長く読みたいのが心情である。だが、売れることだけを追求するために、すべてのマンガが無個性化していったらどうなるのか。こればかりはあと数年たってみないとわからない。はたして“商品マンガ”は吉とでるのか、凶とでるのか。

 

 

 

 

 

  

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